物質エネルギー化学専攻 触媒機能化学分野 阿部研究室

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研究テーマと概要

概要

太陽光エネルギー変換(人工光合成)および環境浄化のための新規光触媒系の開発

近年の環境問題の深刻化や化石資源の枯渇に伴い、経済発展と自然環境保全が両立した「持続可能な社会」の実現が求められています。地球上に降り注ぐ太陽光のエネルギーは莫大であり、地表に到達する総エネルギー量は我々人類の総消費エネルギー量の約1万倍以上とも言われ、我々が現実的に利用可能な量を見積もっても、なお100倍近くあるとされています。この太陽エネルギーの数%を、我々が利用可能なエネルギーへと変換できれば、人類の消費エネルギーのほぼ全てを賄うことも不可能ではありません。
我々の研究グループでは、将来のクリーンエネルギーとして期待される水素を、太陽光を用いて水から直接製造する「人工光合成」の研究を中心に、光エネルギーを用いて有害物質を分解無害化する「光環境浄化」、有用化合物の合成を行う「光ファインケミカル合成」などの研究を進め、これらに適用するための新しい光触媒系の開発を進めています。

各研究テーマ

(1)太陽光水素製造実現にむけた高効率光触媒系の開発
(人工光合成)

水素は燃料電池の燃料になるだけでなく、二酸化炭素や窒素と反応させることにより各種の液体燃料や有用資源へと変換可能であることから、次世代のクリーンエネルギーとして期待されています。半導体光触媒を用いた水の分解反応(図1)は、無尽蔵の太陽光と安価な光触媒を用いて、水から水素を直接製造できる可能性を有しており、世界中で盛んに研究されています。実用的な水素製造効率の実現のためには、太陽光の大部分を占める可視光の利用が不可欠ですが、紫外光に比べてエネルギーの小さな可視光を用いる水分解は極めて困難とされ、30年以上実証されていませんでした。我々は植物の光合成が可視光を有効に利用している点に着目し、この機構を模倣した「2段階光励起(Z-スキーム)型水分解システム」を開発し、可視光を用いた水の分解(水素と酸素の同時生成)に世界で初めて成功しました(図2)。このシステムでは、水の分解が水素生成系と酸素生成系に2分され、その間がヨウ素酸・ヨウ化物(IO3-/I-)のような可逆的なイオン対によって連結された形となっており、各系に必要な光のエネルギーが小さくなるため、エネルギーの小さな長波長の可視光も利用することが可能となります。我々はこれまでに、金属酸窒化物(オキシナイトライド)や有機色素を用いることにより、波長700ナノメートル程度までの長波長の光を利用した水分解を実証しており、従来系(約460ナノメートルまで)に比べて利用可能な波長領域を大幅に拡大することに成功しています(図3)。また、実用の際には、爆発の危険性を避けるため、水素と酸素を分離して生成することが望まれます。1種類の光触媒粒子上において水素と酸素が同時に生成する従来の系では分離生成は不可能でしたが、我々が開発した「2段階光励起(Z-スキーム)型水分解システム」では、多孔質ガラスなどを用いて2種類の光触媒粒子を分離することによって、水素と酸素を分離して生成できることも実証しています。

関連論文

ChemSusChem (Invited paper), 4, 228-237 (2011).
Langmuir, 26, 9161-9165 (2010).
J. Am. Chem. Soc., 132, 5858-5868 (2010).
Chem. Commun., 2009, 3577-3579 (2009).
Chem. Mater., 21, 1543-1549 (2009).
J. Phys. Chem. B, 109, 16052-16061 (2005).
Chem. Commun., 2005, 3829-3831 (2005).
J. Photochem. Photobiol. A: Chem., 166, 115-122 (2004).
Chem. Phys. Lett., 371, 360-264 (2003).
Chem. Commun., 2001, 2416-2417 (2001).
Chem. Phys. Lett., 344, 339-344 (2001).

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半導体光触媒を用いた水の分解 図1 半導体光触媒を用いた水の分解
2段階光励起型水分解システム 図2 2段階光励起型水分解システム
2段階光励起型水分解システムで利用可能な半導体材料の光吸収と太陽光スペクトル 図3 2段階光励起型水分解システムで利用可能な半導体材料の光吸収と太陽光スペクトル

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また、これまで光触媒として開発してきた半導体材料を多孔質電極化し、これを用いた光電気化学的水分解系の開発にも取り組んでいます(図4)。タンタル系オキシナイトライド(TaON)などを簡便な手法によって高性能電極化することに成功し、その可視光領域での光電変換能は現状で世界最高レベルとなっています。また、従来の酸化物半導体電極を用いた系では、水分解の際に外部から大きなバイアスを加える必要がありましたが、我々が開発したオキシナイトライド系電極では、この必要バイアスを大幅に低減することにも成功しています。

関連論文

Energy Environ. Sci., 4, 4138-4147 (2011).
J. Am. Chem. Soc., 133, 12334-12337 (2011).
J. Am. Chem. Soc., 132, 11828-11829 (2010).

オキシナイトライド系光電極を用いた光電気化学的水分解 図4 オキシナイトライド系光電極を用いた光電気化学的水分解
ChemSusChem, 4, 228-237 (2011). ChemSusChem, 4, 228-237 (2011).
J. Am. Chem. Soc., 132, 11828-11829 (2010). J. Am. Chem. Soc., 132, 11828-11829 (2010).

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(2)環境浄化のための新規可視光応答型光触媒(光環境浄化)

もっとも良く知られた光触媒である酸化チタン(TiO2)は、その高い有機物酸化分解能力を利用したセルフクリーニング・脱臭・抗菌等への応用展開が進められ、すでに多くの関連製品が市販化されている状況にあります。しかし、図5に示すように、TiO2は波長400nm以下の紫外線しか吸収できないため、屋内のような紫外線強度の低い環境では、十分な効果を発揮できないという重大な欠点を有しています。そのため、室内の蛍光灯やLEDの下でも高効率に機能する光触媒、すなわち“可視光応答型光触媒”の開発が急務となっていました。我々は、可視光吸収を有する酸化タングステン(WO3)に酸素還元反応を促進する白金(Pt)などの助触媒を少量担持させると、有機物の酸化分解が可視光照射下において高効率に進行することを見出しました(図6)。この発見を基に、住友化学株式会社と実用化のための共同研を進めており、開発した光触媒「イルミオ」は、蛍光灯や白色LEDの照射下において、タバコ臭や糞尿臭の脱臭に高い効果を示すだけでなく、大腸菌や鳥インフルエンザウィルスなども高効率に死滅させられることを実証しています。また、ガラスに塗布して透明を形成させると、その表面が水滴で曇らない、という高い防曇(ぼうどん)性も示します(図7)。これらWO3系光触媒のさらなる高性能化を図るとともに、実環境への応用展開を目指した高機能化の研究を進めています。

関連論文

Chem. Lett., 40, 443-445 (2011).
J. Mater. Chem., 20, 1811-1818 (2010).
Chem. Commun., 2008, 6552-6554 (2008).
J. Am. Chem. Soc., 130, 7780-7781 (2008).

酸化チタン(TiO2)と酸化タングステン(WO3)の光吸収、および蛍光灯と白色LEDのスペクトル(強度は任意) 図5 酸化チタン(TiO2)と酸化タングステン(WO3)の光吸収、および蛍光灯と白色LEDのスペクトル(強度は任意)
微量の白金(Pt)を担持させた酸化タングステン(WO3)粒子のSEM像(a)およびTEM像(b, c) 図6 微量の白金(Pt)を担持させた酸化タングステン(WO3)粒子のSEM像(a)およびTEM像(b, c)
酸化タングステン系光触媒による防曇効果 図7 酸化タングステン系光触媒による防曇効果

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(3)高選択的合成反応のための新規光触媒(光ファインケミカル合成)

我々の日常生活は、化学合成によって得られた化成品や医薬品によって支えられていますが、これらの合成時には莫大なエネルギーが消費されるとともに、様々な副生成物や廃棄物が生じています。そのため、近年「環境に優しい化学合成」、いわゆるグリーンケミストリーが提唱され、盛んに研究されています。光触媒を用いた有機合成反応は、光のエネルギーを利用して反応を進行させることができるため、環境負荷の低いクリーンな合成法として期待されています。しかし、従来の酸化チタン(TiO2)を用いた系では、生成物の逐次酸化が進行し、選択性が低いことが問題となっていました。我々は、表面修飾を施した酸化タングステン(WO3)系光触媒を用いると、TiO2系に比べて極めて高い選択性で各種の有機合成反応が進行することを見出しました。例えば、ベンゼンからフェノールの生成反応やアルコールからのケトン類の合成が、可視光照射下において高い選択性で進行させることに成功しています。現在、これらの反応機構の解明と、これに基づく選択性のさらなる向上に取り組むと共に、各種有機合成反応への応用を検討しています。また、光触媒と燃料電池を組み合わせて、二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーサイクルを実現することを目指して、有機・無機化合物の選択的光還元反応系の開発にも取り組んでいます。

関連論文

Chem. Lett., 40, 1405-1407 (2011).
J. Am. Chem. Soc., 133, 1150-1152 (2011).

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