辻 康 之 氏 [業績]14族元素化合物の新規遷移金属錯体触媒反応の開発 (Development of Novel Transition Metal Catalysis
of Group 14 Element Compounds) |
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ケイ素,スズなどの14族元素を含有する化合物は,その優れた特性のために,合成研究ならびに物性に関する研究が近年活発に行われるようになってきた。しかし,これらの14族化合物を合成する反応の多くは,生成物の選択性,収率が低く,また反応の制御も困難であった。辻 康之氏は,パラジウムあるいは白金を中心とした遷移金属錯体触媒を用いることにより,高活性かつ高選択的な14族元素化合物の分子触媒反応を開発することに成功した。また,14族元素−遷移金属間に直接結合を有する有機金属錯体を種々単離し,その構造,反応性を検討することにより,反応の触媒活性種ならびに反応機構の解明を行うなど極めて先導的な成果をあげた。以下に同氏の主な業績を紹介する。
1.14族元素間σ結合の開裂を伴う新規錯体触媒反応の開発
ケイ素−スズ間に直接結合を有するシリルスタナン,ケイ素−ケイ素結合を有するジシラン,そしてスズ−スズ結合を有するジスタナンは入手も容易で有用な14族元素源と考えられる。しかし,これらの化合物を遷移金属錯体触媒を用いて有効に利用することは容易ではなかった。辻氏の研究の最大の特色そして独創的な点は,配位的に極めて不飽和な遷移金属錯体を主として触媒に用いることにより,従来触媒的に活性化するのが困難であると考えられていたこれらの有用14族元素化合物を用いる多様な分子触媒反応を開発した点にある。その結果,ケイ素−スズ結合間に1,3−ジエン類を非常に高い位置ならびに立体選択性で挿入させることに初めて成功した。さらに,ケイ素−スズ結合間にオレフィンを,あるいはスズ−スズ結合間に1,3−ジエン類を選択的に挿入させることにも初めて成功した。これらの生成物は極めて有用な有機合成試剤として,あるいは新規材料として重要である。一方,有機ケイ素化合物の最も有用な合成法のひとつはヒドロシリル化反応であるが,水素の代わりに炭素基を導入するカルボシリル化反応は,得られる生成物の多様性が飛躍的に増大し,より有用な合成法となる。辻氏は,パラジウム錯体触媒存在下,酸塩化物,ジシラン,1,3−ジエン間の3成分カップリング反応に成功し,1,3−ジエンの極めて選択的なカルボシリル化反応を達成した。さらに,電子吸引基で活性化されていないケイ素−ケイ素結合の切断を伴う合成化学的に極めて有用な触媒反応も実現させた。
2.14族元素−遷移金属結合を有する遷移金属錯体の構造と動的挙動
14族元素化合物を用いる遷移金属錯体触媒反応の多くの場合において,14族元素と触媒金属中心間に直接結合を有する触媒活性種が重要であると考えられている。このため,これらの遷移金属錯体の構造と反応性に関する研究は,14族元素化合物を用いる遷移金属錯体触媒の開発にとって不可欠である。辻氏は,ジスタナンあるいはジシランを用いる触媒反応の触媒活性種と考えられるビス(スタニル)ビス(ホスフィン)白金錯体,ビス(シリル)ビス(ホスフィン)白金錯体,ビス(スタニル)ビス(ホスフィン)パラジウム錯体等の一連の錯体を合成,単離し,その構造とその新規な単分子分子内回転挙動を,多核NMR,固体NMR,X線結晶構造解析,ab initio分子軌道法計算などを用い明らかにした。
3.ケイ素化合物を用いる新規アリル位官能基化反応の開発
パラジウム錯体触媒存在下におけるアリルエステル類と求核剤との反応は,均一遷移金属錯体触媒の中で最も重要な反応の一つである。しかし,アリル部位に直接導入可能な求核剤にはまだ制限が強く,研究の進展が強く望まれている。辻氏は,ケイ素の強い酸素親和力を用いることにより,アリル位にシリル基,シアノ基,そしてアシル基を導入する一連の新規触媒反応を開発した。反応においては,導入すべき官能基をシリル基に結合させておき反応剤として用いた。すなわち,シリル化反応の場合はジシランを,シアノ化の場合はシリルシアニドを,そしてアシル化反応の場合はアシルシランを用いた。反応は高収率,高選択的に進行し,対応するアリル位が官能基化された生成物が容易に得られた。さらに,触媒活性種の単離,触媒活性種モデル錯体の構造と反応性の検討,反応基質ならびに触媒活性種に対する分子軌道法による理論的考察などにより,それぞれの触媒反応機構の解明に成功した。
以上のように辻 康之氏は,広範かつ極めて有用な14族元素化合物の新規遷移金属錯体触媒反応の開発に成功するとともに,有機金属化学ならびに理論化学の手法を駆使することにより,これらの新規触媒反応の反応機構を解明した。これらの顕著な業績は独創性が極めて高く先駆的であり,国際的にも高い評価を受けている。よって,同氏の業績は日本化学会学術賞に値するものと認められた。